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1月18日・薩摩琵琶弾き語り「なめとこ山の熊」恵庭公演を終えて

2009-01-19

1月18日・薩摩琵琶弾き語り「なめとこ山の熊」恵庭公演を終えて
2009.1.18

 冬の北海道は吹雪いたりすると出足が鈍る。そんな心配を打ち消すようにその日は朝から晴れ上がった。開演は2時だが、市民会館の平台を会場の恵み野会館まで運ぶために朝9時過ぎから行動開始。トラックを手配してくれた三浦さんと太田屋さんが先に市民会館に到着していた。準備過程で出てきた問題をクリアし、何とかここまでたどり着けたのも、私たちのすてきな実行委員のメンバーの力だ。
 さて、リハーサルの準備と会場づくりが始まった。クラムボンの会の公演の醍醐味は何といってもこの直接性だ。プロの俳優と、公演を主催するのは初めてという素人集団が協同作業を始める。林さんはもうここから全身でぶつかってくる。林さんの妥協を許さない指示が飛び、緊張が走る。それもこれも観客との1回性の出会いを大切にしたいとの思いからか。
 思えば、スーツケースに入るだけの舞台道具と楽器をもって、林さんは「出会うために」トコトコ、トコトコと全国どこにでも出かけてきた。今回の恵庭公演は何と1,501回目。林さんを1,500回照らし出してきた、なつかしい調光器付きの2本のスポットライトを立てながら、この29年間に出会った人たちから林さんはどんな時代の変化を見てきたのだろうと思った。
 そう、20数年まえ、このスポットライトが北は稚内から南の函館まで全道津々浦々を駆け巡ったのだ。1981年1ヵ所、82年7ヵ所、83年21ヵ所、84年19ヵ所、85年10ヵ所、86年7ヵ所、87年4ヵ所。とくに83年、84年の北海道公演は、1カ月間の長期ラン。まるで熱に浮かされるように公演が全道に広がった。主催するお母さんたちのエネルギーはすごかった。あの時代、なぜあんなに盛り上がったのか、
 80年代は、二度の石油ショックを経て、近代工業社会や環境を破壊する大量消費社会の限界が見えて来て、これまでの生き方の問い直しが始まった時代だった。お母さんたちも自然の中で子どもを育てようとし、子どもたちに安全な食品を食べさせようと共同購入の運動が広がった時期でもあった。こうした時代背景と賢治の精神がフィットしたのだろうか。
 そして今。すべてのいのちはつながっている,支えあっている,循環している、という賢治の精神をいっそう、時代は必要としている。
 さあ、いよいよ開場。チケットの販売状況から用意した椅子は80席。しかし、あれよあれよという間に席は埋まり、慌てて椅子を補充して、開演時には150席に達した。林さんの公演にはいつも、見えない力が働いているような気がする。
 そして、クラムボンの会の公演は、関わった人みんなをカプカプと元気にしてくれる。北海道はいま、消費減退、公共事業減と農産物の価格低迷で経済は停滞、厳しい雇用状況が続き、高齢化がいっそう進む地域は、疲弊する一方だ。そんな北海道を元気にする「クラムボン作戦」が近く始まるかもしれない。

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